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渡辺竜平のハリウッド片道切符 第10回 リアルハリウッド 〜一匹の外国人〜
渡辺竜平のハリウッド片道切符


メキシコ顔負けのサボテン
2007年10月。もう少しで折り返し地点になる。アメリカに来て約3ヶ月。このとき本当にときが経つのが早いことを感じた。そして、英語を学ぼうともまだ自分が本当にやりたいことができていないことにフラストレーションを感じた。ハリウッドで役者になるってことは今までの自分の人生の中で一番大きな夢だった。だからそれなりにプレッシャーも薄々感じていた。でも、ただこのとき言えたことは自分はまだ何も始めていない。だから役者になることが難しいとか、そんなことを云々語れるような位置なまでさえも達していなかった。最初の3ヶ月間はたっぷり英語のために費やした。(とは言っても全然まだアクの強い日本語訛りがあった)

そろそろ行動を起こすときだ!最初にやったことは演技学校を見つけることだった。いきなりラッキーで映画に出ます。なんて微塵も思わなかった。逆にそれで出れてしまう世界だったら本当に挑戦する意味が半減してしまうことのように思った。さぁどこから情報を見つけようか??今の時代が与えてくれたインターネットがある。だから情報を探すときはインターネットと本屋にある紙媒体がメインになった。このときさすがにインターネットのことを馬鹿にできないと思った。アメリカ行きのチケットだって語学学校の手続きだってインターネットがなければスムーズに行きやしなかった。この時代に挑戦できてそこの部分では恵まれている。ただ、入国や移民法が厳しくなったのを考えると一昔前にハリウッドを目指していた人に比べて有利か不利かなんてないと思った。結局最後には自分が一番重要になる。とにかくこのときはひたすら情報を鷹の目で探し回った・・・

僕は自分の直感をいつも信じていた。だからよく考えたうえで閃いたことに関しては何の躊躇なく飛び込んだ。そして、一箇所条件に収まる演技学校が見つかった。本心のところでは毎日レッスンを受けたかったけれど、語学学校の影響もあって、しょうがなく週に1回のレッスンを受けられる場所を選んだ。場所はハリウッドのすぐそばだ!!気持ちが熱くなった。演技学校に電話をかけた。まず大事なことは日本人でも演技のレッスンを受けられるかどうか。相手の女の人はテンション高めで感じのいい人だった。「電話でいくつかの質問をするからそれで判断させてもらうわね」と言われた。「どうして、役者の勉強をしたいの??」などからのごく一般的な質問をいくつかされた。その理由とかはすでに決まっていたので、迷うことなく答えられた。アメリカに来た経緯なども少し話した。そして・・・相手の返事は「いいわよ、来週からクラスが始まるから来て頂戴」ということだった!これは短期の演技クラスだったのだけれども、このときはとにかくアメリカ人の中で演技がしたい気持ちで細かいことは気にせずにやってみることにした。

次の週の日曜日。フリーウェイを乗り継いでこのレッスン場に向かう。家からの距離はますます遠くなったけれど、そんなことはどうでも良かった。約半年振りに演技の世界に触れられる。もうそれだけで嬉しかった。とりあえず最初の期間は約3ヶ月間。この中で何が得られるかはわからない。やるしかない。

レッスン場に早めに着いた。後から続々と人が入ってきて、最終的にはこのクラスが約20人いることに気づいた。時間になり先生が前に出る。このクラスの目的について説明された。目標とするのは個々がこの演技の世界に入っていくうえでスタートラインに立つということだった。まずは自己紹介を行った。そういえば、周りのみんながみんな外国人だった。いやっ違う。みんながアメリカ人で自分一人だけが邪馬台国からやってきた外国人だった。自分のたどたどしい英語の自己紹介も終わり、簡単なエクササイズを行い、それからインプロ(アドリブで演技)をやることになった。シチュエーションはソファーに座る男女。それだけ。どんな風に転んでもいいからストーリーを展開させる。

みんなが演技をするのを見ていたら、どうしてかこの国際交流を行っている外国人の僕が最後のグループで演じることになった。

僕らのグループは男2人の女2人だった。袖から一人づつステージのソファーに歩いていく。そして、またもや最後に歩いてステージに登場したのは自分だった。ハードルをかなり上げれたようだ・・・ステージに出て、とりあえずソファーに座る。ごく一般的に会話をする。アメリカ人ってこんな感じで会話をするんだなぁと思いながら会話に参加する自分。ときどき僕の英語を他のメンバーが理解できないこともあった。だから同じ言葉を繰り返す自分。より滑稽になっていくシーン。良いタイミングで僕らはひとりずつ退場しなければいけない。突然女の子2人がどこかに行くからと言って退場。ステージ場で取り残された僕と相手役のアメリカ人のディーノ。彼はアメリカの違う州出身でこのクラスで一番訛りが強かった一人だ。僕だって、この点では負けていなかった。何たって日本列島出身だ。このシーンでお互いにお互いのしゃべることの6割程度しか理解していなかった。ちぐはぐな会話。はたから見るとあまりに可笑しな関係の2人だったに違いない。そろそろ5分ぐらい経ち、きっと彼がここで決めの台詞を言ってシーンを綺麗に終わらせてくれるんだなと思ったけれど、その様子は全くない。どうやら自分がここで一発言うしかなさそうだ。彼が「今までどこにいたんだ??」と聞いてきた。僕はそれに答え、そのあとこう言ってやった。

「でも、今まで僕の家に勝手に上がって何をしてたんだ??」

こんな言葉が僕から出るのを予想していなかったクラスは爆笑の渦に包まれた!!

そして、シーンがまとまったところで終了した。これが僕の英語での初めての演技の経験となった。クラス終了後には良かったよとクラスメイトから何度か声を掛けられた。演技をしていてこんな経験をしたのは初めてだったので、嬉しくなった。違う国の自分とは全然違う連中を笑わせることができた。この点に関しては大きな自信に繋がった。こうして僕はアメリカで初めて舞台を踏むことになった。中学2年生の土の舞台を踏んでから約7年。「今、僕はアメリカで舞台に立っている」そこは観客もいない小さなレッスン場だった。ただし、これはまだ長い旅への出発を意味しているに過ぎなかった。


続く・・・


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