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渡辺竜平のハリウッド片道切符 第2回 ハリウッド挑戦者〜足跡其の二〜
渡辺竜平のハリウッド片道切符



ごくありきたりな小学校生活を終え、中学校へ入学。

同じ小学校出身の友達がこのときはかなりいた気がする。まず、一番最初にやったことと言えば「部活選び」。
小学校高学年でランナーズハイな感覚を味わっていた僕はもちろん運動部へ。サッカーか野球をやりたい。そう強く思った。自分の運動神経のことは完全に置き去りにして、あわよくばプロのスポーツ選手になるという夢も密かに持っていた。体を動かして収入を得られるなんて、そのときはそれ以上のことはないと思えた。野球部かサッカー部のどちらにしようかずっと悩んだ。そんなとき、仲の良かったK君達に誘われて野球部を選んだ。単純な理由で野球をやることになった。中学生らしい(笑)




初めてまともにやる野球。野球道具を全部一式揃えるのに、3万円ぐらいかかって財布の中は火の車だった。
この道具選びのとき、すごい賢い(?)選択をした僕は軟式野球なのに、硬式用のグローグを選んだ。高校生になっても野球やるなきっとという鋭い先読みからそう決めた(笑)それがどういうことを意味していたのか僕にはわからなかった。そして、こういうときに限って野球に詳しい友人が周りにいない。この選択が後ほど悲劇を呼ぶことになろうとは・・・小学生のとき、少年野球をやることを断固として母親に拒否されていた僕は、経験不足からか、案の定野球部では、ひとつ下のレベルにいた(苦笑)




いつも新しい物事を始める一年目は早いし、僕の一年目も例外ではなくあっという間に過ぎ去った。

中学2年生になった。まだ、僕の生活は野球に埋め尽くされていた。相変わらず僕は野球が下手だった。でも、とにかくキャッチボールが楽しかった(笑)
いつも単純でどうでもないことが癖になる(笑)新学年での数ヶ月が過ぎた頃も、何の変化もなく同じ生活を続けていた。そんな矢先、ついに運命の林間学校に行く準備が始まる。




林間学校では日光に行くことになる。飯盒炊爨やキャンプファイアー、肝試しなどの面白そうなイベントについて話し合った。そんな中、
僕らはクラスで誰がどの出し物をやるかについて決めることになった。僕は特に何がやりたいとかはなく、柔軟に行こうとだけ思っていた。黒板にいくつかのアイデアが書き出される。僕は後ろの方の席でとりあえずダラーッとしていた。気がついたら、たいした演目は残っていなかった(笑)バスの中でのミニゲームやら何やらがあった気がする。でも、何かこの林間学校を今まで通り地味に終えるだけは、嫌だと思った。この旅行で何かスペシャルなことをしたいなと。

「ダンスやりたい人?」という呼びかけに反射的に手を挙げる。わずかな好奇心、わずかな勇気によって生まれて初めてのダンスをやることになった。



練習はクラス代表とかによくなったりするF君(通称「ふじさん」)の家から開始された。某アイドルグループのビデオを見て、必死にコマ送りで再生する僕ら。このとき、何が印象に残ったかって言ったら、それはF君の家のビデオデッキでは何十倍の速巻き戻しができることとそのビデオデッキから鳴り響く轟音だった。それは、さておき練習の期間が一週間ぐらいあった僕らは、華やかなステージとは程遠い風貌の公園で必至に音楽に合わせ汗を流す。まさに青春だった(笑)そして、ついに林間学校当日がやってくる・・・



学校で朝5時ごろに集合し、バスに乗り込む僕ら。目的地へいざ出発。

道に飛び出してくる猿を見ているうちに目的地へ到着。大自然の中で、飯盒炊爨やハイキングなどをして時間を過ごした。そうこうしている間に、ついに時間がやってきた。キャンプファイアーの時間が。夕時の時間、まだ少し明るい時間に準備に取り掛かるF君たちと僕。緊張は最高潮に達する。
とうとう、生まれて初めて人前で、舞台に立つときが来た・・・恐怖?興奮?そのときの感情は両方に当てはまる。バクバクいっている心臓を抑え、いざステージへ・・・




が準備ができていない僕らに突然曲が鳴り響く・・・終わったか?と思い始めた僕らに仕切り直しの合図。(先生しっかり!!と叫びたかった(笑))益々緊張が高まった中、再び音楽が再生される・・・

ついに本番が始まった。すさまじい音。暗くなる辺り。静まり返る他の生徒達。僕らは、着々と振りをこなしていく。いい感じだ。そして、一番の見せ場のアクロバット的な動きをやるときが来た。僕と反対側の相方が走ってステージの中央に入り、前方を回転して通り抜ける。うまくいった!!練習通りだ!そして、そのままその勢いのままフィニッシュ!!こうして、僕らの演目は幕を閉じた・・・そして、辺りを見回してみると、そこには・・・大喝采の拍手と歓声をあげる同級生たち。見たこともない光景。体験したこともない興奮。魂を揺さぶられるような気がした。そう僕らの挑戦は大成功を収めたのだった。人生初めて踏んだ華やかなステージ。地面は土だった。それでも、この瞬間は今までの地味な人生の中で一番輝いた瞬間となった。



二泊三日の楽しい林間学校も気がついたら終わり。そこから、いつもの学校生活がまた始まる。

この頃、某事務所に入るように、何人かの友人達から勧められるようになる。「いやいや(汗)」と言って冷やかしはやめて欲しいと思った僕。でも、あのときの興奮は未だ忘れていなかった。僕の心は何かを求めていた。じっくりと自分の中に耳を傾けてみるとそこには、答えがあった。「ダンスをやりたい」
家族にそのことを告げた。でも、どうやって始めるかまるでわからなった。この頃はインターネットもたいして普及していなかったし、お手上げだった。



それから数ヶ月後のこと。同窓会から帰ってきた母が大学の頃の同級生が振り付け師をやっているらしいと僕に告げた。他に何のすべも見つけられなかった僕はすぐにその先生のことを尋ねることになった。そして、生まれて初めてのスタジオに行き、生まれて初めてのダンスのレッスンを受けることになった。新宿に行くことになる。千葉っ子だった僕は、人生で初めての東京通いを始めた。あの雑踏の中に足を踏み入れるのにあの頃はわくわくしてたな(笑)こうして、僕はダンスのレッスンを受ける野球部員という滑稽な肩書きになった。気づいたら二重生活が始まっていた。こうして、僕の人生の歯車が少しづつ狂い始めた。




地味に引かれたレールをただ走っていた自分が気づいたら芸能界の端っこにいた。初めて芸能界という言葉を聞いてから3年。中学一年生のときには全く想像できなかった場所にいた。さぁいよいよ中学3年生になる。この頃の僕とってハリウッドで役者を目指すなんて夢のまた夢のような話(笑)まあ、ここから僕の人生は紆余曲折することになったもかも(笑)



続く・・・



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