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追い続ける
なんとなく過去の記事を見てみると、だいたいブログを500回以上は書いた。多いようで、5年内に書いた量としては、少ない(笑)足跡を残すためにブログを開始した。更新頻度はとてもまばらだった・・・けれども、心に残った瞬間は、きっとちゃんと書き残せてきた。。

負けず嫌いが高じて、ハリウッドを目指すことになる。
過去には、現在の自分とは、対照的に内気な自分がいた。
何も取り柄がなかった。。得意なものの項目は、ずっと空欄のままだった・・・
何もできないことへの葛藤だけはあった。。このまま、何もできない自分でいるのだけは、嫌だった。

それからしばらくして、中学生のときに土のステージを踏んでから人生が一転した。それから干支がもう一周するぐらい時間が経ってる(笑)もう笑うしかない(爆)

まあ、でも、後悔はしてないから不思議。何かとても大きなことを今まで達成できた分けじゃない。もう少し頑張れば、より良い結果が残せたのになんて、思う瞬間は多々あった。でも、そのときそのときに本気で取り組んできた。これからもその姿勢は、崩したくないと思う。

まだまだ、表現したいことは無限にある。本当の意味での下準備は、もう本来とっくに終わってて、早く作品とかもたくさん作っておくべきだったのかも。毎回、俳優兼監督というとなんとも言えない気持ちになるけれど、僕は、両方とも合わせてひとつの表現だと心の中では思うようにしてる。肩書き欲しさでやっているわけじゃないから呼び名は何でも良いと思う。例えば・・・仕事人みたいな(笑)まあ、冗談は、さておき・・・

今、表現について、自分がどんな方向を目指すかとてつもなくクリアーになってきている。
自分がどういうジャンルを目指すかとかそういう具体的な部分がわかってきた。本来自分の体や心は無意識的に何を本当にやりたいか知っているんだと思う。それを意識が気づくまでときには数日とか、ときには何十年かかったりするのかなぁなんても思った。いやっお前、考えすぎだろ!って自分で本当に突っ込みたくなるよ(笑)
とにかく自分にしっくりくるものが見つかってきたということ。ある程度、周りの環境に適応しなきゃいけないのは、わかるけれど、自分の個性を捻じ曲げてまで、環境にブレンドインする必要はないと思った。やりたいことが見えてきた。何も起きなければ、何か起こせば良い。もう、待ってないで、次のアクションを起こしたい気持ちがある。常に上を目指したい。新しいことをやりたい。より大きな世界に目を向けたい。

常識に囚われることなく、常にオープンな気持ちで、新しいことを受け入れ、変化していきたい。
自分の夢も、この約10年の間で少しづつ変わってきたけれど、根本にあったものは姿を変えていないと思う。

長い間、暖めてきた脚本を100%完成させる。
きっとすべては、そこから始まるに違いない。


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| 自分 | 18:05 | comments(0) | - |
目の中のニコちゃんマーク
今でも、まだ覚えている。

そう、ある洋画の悪役の目にニコちゃんマークのコンタクトレンズが入っていた。
映画の作品名は思い出せない。でも、その映画についての怖い夢を幼い頃に見た・・・

そして、ある映画の中に映し出されているニューヨークの街を見て、
いやっこんな街が実際に存在するはずがない!と強く思った。
僕は、映画の中のファンタジーの世界に飲み込まれて行った。
そう幼い頃の海外は夢のような世界だった。そして、、自分の生活はというと
千葉の閑静な住宅街で、刺激のない現実の中で生きていた。

幼いころにカメラに全く興味がなかったわけではなかった。
それは、実際の映像で残っているけれど、僕は必至になってビデオカメラを使わせてと親に頼んでいた!そして・・・駄目だと一蹴された(苦笑)あそこで映像に出会っていたら、あの頃の自分は一体どう感じていたんだろうかと思う。
そして、それは、今の自分の人生を少しでも変えていたのかもしれない(笑)

まあ、そんなこんながあり、今の夢をついに見つけた。
昔からひとつのことにはまると、バッファローみたいに猛突進していったので、
映像って、そんな自分に合っているのかもしれない(笑)

今、日本に戻ってきて、昔よりさらに、気づいたことは、
日本人とアメリカ人が求めるものの違いだと思った。

日本人は、変化よりも安心を求める傾向があると思った。
アメリカ人は、安心よりも刺激を求める。

だから、映画に求めるものももちろん日本人とアメリカ人では変わってくる。
アメリカ人は映画に度肝を抜かれたいと思っていて、
日本人は映画に共感と安心を求める。

これは、勝手な見解だから、すべての映画に当てはまるとは
思わないけれど、傾向としてはこういう感じがする。

ただ、言えることは、いろいろな国の映画を通して、
海外のいろいろな映画を見ると、世界を旅している気持ちになることもある(笑)
自分が人生で一度も感じたことがない気持ちにさせられることもあるから
やっぱり映画の力ってすごいと思う。映画を通して、世界に伝えられるメッセージは大きい。
と僕は、こんなことを書いているけれど、これからいずれ作ろうと思っている作品は
相当クレージーだと思う(苦笑)変わっているけれども、その作品の裏側にあるメッセージを
多くの人に感じとってもらえればと思う。今は本当に作品を作りたい気持ちが強くなってきている。
もちろん自分でも演じます。次、アメリカに戻ったとき、ここ3年間で一番大事な年になる。
何でかって、次からはアメリカで働く資格をしっかり得たり、いろいろな面で生活が
変わるからだ。もっと良い方法を早く見つけられれば、良かったけれど、表現者として
未熟だったので、このタイミングで良いのかもしれない。
まだ、足りない部分はたくさんあるけれど、少なくても、自分の弱点と強みが少しわかってきた。
日本で、スターになっていった俳優仲間よりかは、僕の歩みは遅いけれど
表現したいことを表現できるまで、少しづつ夢と現実の距離を埋めていきたい。


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| 自分 | 23:00 | comments(0) | - |
四駆の話
そう僕のブログは相変わらず更新と硬直を繰り返しています(苦笑)
本当は、毎日更新したいのに、なかなかまだ気合いが足りないようだ・・・

今は実家に戻っているんだけど、ここにいると過去の思い出がいろいろと蘇ってくる。
今僕が日本で過ごした21年間の時間が問われる。いやっ、急ぎ足でここまで来てしまったから自分の中でどうにか整理をしたいんだ、きっと。最近の記事で、僕は過去のオタクっぷりと釣りなどへ行く活発振りを暴露していたと思う。子供のときから何から何までいろいろ手を付けていたんだ(笑)そして、今日、ひとつはっきりしたことがある。

そうか!

僕はアクティブなオタクだったんだ(笑)

そうや。それが子供の頃の自分にしっくりくる言葉かもしれない。

ヨーヨーだってやったし、ミニ四駆もやった。あれっ?!そういえば、ミニ四駆について思いだしたことがある・・・僕は小2か小3ぐらいからミニ四駆にも手を出した。名前は忘れたけれど、ミニ四駆には、アニメでやっている種類とマニアックな種類があった気がする。僕はブラックタイガー(?)みたいなエビの名前のような黒いミニ四駆をメインに使っていた。あのミニ四駆のコースの走るときの音がなんとも快感だったのを覚えている。そして、僕はそれから勇気を踏み出した。大会に出ることを決意した。そう地元近くにある、オモチャ屋の屋上で行われた大会だった。天候は雨だった。

まずは、予選が行われた。

予選を通過して本戦に参加していくわけ。まあ、そんな天下一武道会形式で行われた大会だった。最初は雨が降っていたので、大会は中止になりかけたが、急に天候が良くなり、大会は再開された。ルールは無用で一番早い人が勝ち。ミニ四駆の命でもあるモーターは公式と非公式があった。公式はタミヤので、安定性があって安価だった。僕は、お気に入りの非公式のモーターを使った。ある日はこのモーターを買いに500円を持って、自転車で店に走り、消費税3%(懐かしい)の15円が足りずにそのモーターを買えず、もう一往復して、このモーターを手にした日もあった。その大会の予選が始まった。

僕のミニ四駆はかっ跳んだ!!
本当に飛んだって意味じゃなく、とてつもないスピードで断トツで予選を通過した。タイムは確か1分19秒か確かそんな感じ(笑)予選を一位で通過した!一位って響きは気持ち良かった(笑)

そして、それから本戦になった。このまま大会でまさか優勝してしまうんじゃないかと思った。

が・・・

スタートして、約15秒。僕のミニ四駆は、失速し、止まった。。

どうやら、コースに残る雨でモーターが焼けてしまったらしい。僕の希望は、この曇天の中に飲み込まれていった。

めでたし、めでたし。



って全然、めでたくない思い出を思い出した(苦笑)
そうあと一歩のとこで届かなかった。あと一歩・・・僕はこの一歩によって大きく人生を左右されている気がする。そうそう最近のあと一歩で及ばなかったことと言えば、僕が作った短編映画の4作品目は、グダグダによって、学校で行われる一般公開の作品から外されてしまったり(泣)
今回のアメリカ滞在ももう少しで、良いところまで行けたのに・・・あと一歩だった。
グジグジ言ってもどうにもならないけれど。

いきなりちょっと話しは変わるけれど、やっぱりイチローは凄いといつも思う。
結果主義者だけれども、それでいて、実際に彼はナンバーワン。結果主義ってことは、どれだけ汗や血を流しても、何も残せなけりゃ意味がないと言っているのも同じだ。生き方が格好良い。彼のプロ意識は半端じゃない。僕もそれぐらいのものを自分の仕事に注げる男になりたい。

やりたいことをやるには、やりたいことをやって、やりたいことを実現する。

それがある人の一句から刺激を受けて、出てきた僕の答えだった。


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| 自分 | 00:45 | comments(0) | - |
少年時代の小さな夢

僕は、少年時代に相当オタクな時間を過ごした。
スポーツに目覚めたのは、小学生5,6年生ぐらいだったけれど、それまではオタクへの道をまっしぐらだった。そうゲームをして、幼稚園児のときと小学生低学年を過ごした。ちょうど、あの頃にスーパーファミコンが発売される頃で、僕はファミコンをやり始めた。ゲームというコンセプトは自分の人生になかったので、周りのみんなと一緒にどんどんゲームにのめり込んで行った。

それからやっぱり思いだすのは、そこからドラクエの四コマ漫画を買ったりしていたってこと(笑)そして、漫画を読むことにも、はまっていった。。そうそうこんなオタクな少年時代を過ごしたことはあまり誰にも言ってなかった気がする(苦笑)そして、ゲームや漫画への熱は上がり、とうとう自分の漫画も描きだした(笑)思い出した!!思いだしたんだ・・・多分、小学生3,4年生ぐらいまでの頃だった。一度、漫画家になりたいっていた!!自分で試しに作ってみた漫画は二冊。普通のノートに一ページから書いて、最後のページまで埋まった。運が良ければ、それが家のどこかにあるかもしれない。なぜか今、思いだすのは。自分がもっと小さいころにアニメで言うと「ジャングル大帝 〜レオ〜」が好きだったということ(笑)映画でも、なんでもだけど、昔の作品って、ハートの部分がしっかりしている作品が多かったと思う。こうなんていうかわからないけれど、見ていて、何か熱くなるものをいつも感じてた。僕は、今の作品では「ワンピース」のファンですけどね(笑)

また、日本に帰ってきたけれど、いつも感じることは完全に違うんだなと思った。こう自分の過去について書いてみたのも、自分自身についてもっと多くの人に知ってもらいたかったからですね、きっと。
アニメ的な要素をいい意味で含んだ作品なんかも作れたら素晴らしいと思う。音楽や映画の違いはメッセージが同じで、伝える媒体が違うだけだと思う。今までは自分のことで精いっぱいだったから、これからはもっと広くを見て行けるようになりたい。


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| 自分 | 23:56 | comments(0) | - |
見つけた
実は以前から僕がアメリカで抱えていた一番大きな問題が
最悪に悪化して、そして、改善しました(汗)・・・

そう話は遡って2か月前へ・・・

もちろんそれは当り前のごとく車の事件でした(苦笑)
10月前に最後に起こった事件と言えば、パワーステアリングのオイルが
すべて漏れ、ハンドルが鉄のように固まるというものだった。
それから約500$も払い、問題の部分を直してもらった。
そうそこですべての問題が解決すれば、本当に幸せだった。。
けれども、その後、傷を負った車からする異音。。
少しカリカリする音がしたので、メカニックに持って
チェックしてもらうと特に大きな問題はみつからないから
様子を見てということだった。
それからしばらくして異音は少しづつ大きくなる。
ちょうどこの頃にいろいろな場所へ行って、映画のカットの練習を
したり、初めての映画の撮影にいかなければ、いけないときだったので
こんな状況でも車を運転しなければいけなかった。

そして、その日はやってきた。。。

一日を終え、夜10時ぐらいに帰宅。するつもりだった。
が家まであと15分というところで事件は起こった。
順調にフリーウェイのインターの隣の車線まで
行ったのだったけれど、そこで車の下部から鉄バットで
叩かれたような音がした。

まずい!!

トランスミッションは固まりアクセルはまるで反応しない。
余力で車を路肩に寄せた。そう2年越しに同じ事件が車に起こった・・・
そして、車はまもなく息をひきとった。この車とは約2年半ぐらいの
付き合いだったか・・・本当に・・・本当に・・・・・・この暴れ牛どりには
苦戦させられた。。車のエンジンがもう完全に駄目になってしまったのだけれども、そのときの自分は、ひと安心という感情で満たされていた。
2,3か月に一回の大事件を免れるだけで、相当いろいろな部分での
負担が減った。残りの問題はまた足がなくなってしまったということ。
もうそろそろ電車生活に戻るのは勘弁だと思ったけれど
他に手はなかったので、電車生活に戻った。日本の交通手段が
どれだけ発達していて便利かということに日本を離れてから
気付いた。。残念なことに今まで頼りにしていたメカニックは
そこまでしっかりした仕事をしていなかったということを
他のメカニックへ偶然行って気付かされた・・・自分がちゃんと
していないとアメリカでは、周りに足を掬われるということさらに
強く感じた。すべて他人任せではいけない。同じことを
避けるために、もう少し車について勉強しようと決めた。

歩いて歩いて、電車を数時間待ってという生活が始まった。
映画の撮影場所を見つけるのにじっくり時間をかけたのが
幸いして、すべてがうまくいくロケーションが見つかったのは
不幸中の幸いだった。

それから周りの友人達の助けを借りて
なんとか次の作品も作り終えることができた。

ルームメイト達にもまたお世話になってしまった。。
本当に今の自分がここにこうやっているのは奇跡的な状況だとも
思うし、家族や友人達なしでは実現できなかったと思う。
今、自分にあるものに感謝したいし、すべてを何かの形で返すために
命を懸けてハリウッドで挑戦したいとさらに強く思った。

あれこれあったけれど今はどうにか
ちゃんとした車を手にすることができた。
長かった(笑)・・・大分時間がかかってしまったけれど
ようやくまた少し軌道に乗ることができそうな気がする。

そして、今日、ようやくなんとなくこの車をコントロールする方法
を見つけた(笑)今まではなにかストライクゾーンを逃して運転している
感じでしっくり来なかった。もう問題はない!そろそろ前へ進もう。

というこんな感じの毎日がまだ続きそうなので
明日も油断はできない。


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| 自分 | 17:33 | comments(1) | trackbacks(0) |
タケノコ編
昨日、日記でタケノコについて書いたら
タケノコにとの思い出を思い出しました(笑)
印象的なタケノコに関する思い出はなぜか友人宅で
食べたタケノコの醤油煮です。

確か19歳の頃にある養成所に通っていて
舞台でやるネタを磨くために夜通しで友人宅で稽古してました。
できることをやるという覚悟でそういったことにも
気を引くことなくなんでもやっていた頃ですね。
夜中ってこともあって、静かにしなくちゃいけないのと
みんなを笑わせなきゃいけないので、尋常じゃない空気の中で
僕らは何かを見つけようとしてました(笑)(ちなみに3人でした。)
正直、次に何が起こるかなんて全然わからなかったですし
みんな、平日はバイト、そして、空いている時間と週末は
稽古という生活を行っていました。でも、そんな中で
夜通しで好きなことのために時間を費やして
笑い合った時間は最高でした。今でも、そのときのことを
思い出すと笑えてきます(笑)今もアホですが、そのときは
相当アホでしたね!・・・夜の10時半を過ぎる頃に
閉まりかけのスーパーで焼き鳥やタケノコを手にし
いざ、友人宅へ出陣。大喜利や即興や体を張って
お互いを本気で笑わせようとしてました。
そのときの自分には、ここに来ようなんて考えも
まるでなかったし、もうどうなるのか全く見えてこなかった。
でも、自分達がやっていることに対して、疑うことなく
馬鹿になれた。そのときがとても懐かしいなと最近思った。
そのときには戻れないし、戻るつもりもないけれど
また、そんな馬鹿なことたまにはできたらなと思う。
まあ、アメリカでそんなことができる日が来るかは
わかりませんが(苦笑)

よく考えたら、もうこっちに来て3年になる。
(間に空白の一年があったけれど・・・)

濃くて、短い時間だったと思う。足場をしっかり整えるのに
こんなに時間がかかるとは思わなかったけれど
まだまだ、磨いていかなければいけない部分が山積みだ。
自分が外国人だからという細かい事情で逃して
しまった仕事に関しては絶対に忘れられないし
これからその辺も考えていかなければいけない。
諦める言い訳を見つけるのは簡単だけど
そんな言い訳を探したくないし、したくもない。
これがこうでダメだったんだよねっていう話はストーリーとして
はおもしろいかもしれないけれど、それを自分を守るために
使うのは情けないと思う。まだ、ハリウッドで100%挑戦できるほど
足場を固めることさえできてないけれど、これからしっかり
固めていきたい。アジア人の役の割合が驚くこと低いのも
はっきりわかった。でも、だから自分達には可能性がない
わけでもない。理不尽なことも放っておけばそのままに
なるから、誰かが変えなきゃいけないと思う。
自分がどうなるか、どこまで行けるかなんてわからないけれど
それでも今は良い。今日、自分にできることをやろう。

一瞬一瞬が勝負だ。


PS. メールやコメントしてくれている方ありがとうございます。
いつも良い刺激をもらっています。僕はまだ本当に
底にいる人間ですが、感じたことをできる限り
書いていきます。これからもどうかよろしくお願いします。


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| 自分 | 14:35 | comments(1) | trackbacks(0) |
以前アメリカに来たときにできた友人の何人かは
彼らの故郷へ帰っていった・・・


理由はいろいろある。


元から短期でアメリカで英語を勉強したかったから。

母国の家族や友人達と離れ、アメリカに一人でいると寂しい。

やることがなくなった。

つまらない。


こういう状況を見ていると何だか複雑だ。
もちろん、誰も「アメリカにいろ!」なんて言う事はできないし
アメリカに来ることも里に帰ることもすべて個人の自由だ。
すべての選択肢は本人にある。
自分は今までホームシックにかかったことはないけれど
もし、ここにいるのが楽しいというだけでやってきていたのだったら
きっと「自分は一体ここで何をしているんだろう?」と感じていたと思う。
もちろん、今での時々、我に返って数年前の自分を思い出す。
3年前の自分から見た今の状況って、にわかに信じがたい状況で
7年前の自分から見た今の状況は夢でしかない。
そして、きっと5年後ぐらいの自分から見た今って
本当に無知で無力で未熟だったなぁときっと思うだろう。

日本で同じ夢を持った仲間達に

「どうして日本でやらないの??」

ってよく聞かれることがあったけれど
それはそのときの自分にとってあまり正しいことだとは
思えなかった。芽も出ずに業界に長くいたせいで
無駄な知識や情報ばかりが頭に入ってきて決して
それを志したときと同じ気持ちではやれなくなった。
それは業界でときとして「勝負」しなくても全然OKなんて
ことがあることを知ったりしてだと思う。
自分のテーマが自分の限界を目指したり
自分を知ることだったのに対して、それは反することだった。
もちろん、単純により大きな世界でやりたいというのと
より多くの人に何かを与えたいという気持ちもあったので
アメリカで挑戦することを一言で現すことはできない。
それは自分にとって言葉にならないような意味がある。
それでも、根本的に目指している世界が自分に向いているかと
思うときっとそうじゃない。少年時代から変わらず根本的には
釣りとか一人で何かに熱中することが大好きだ。それでも、この業界でやることには意味を感じるし

「できることよりやりたいことをやれ」

という気持ちでずっとやってきた。苦手だから諦めるっていうのが
負け犬のように感じてならなかった。だから華やかな世界とは正反対の世界にいるただの釣師がハリウッドで役者になっちゃいました!えへへ(笑)
なんてことになれば面白いと思う(笑)ハリウッド釣っちゃいましたって(笑)

まあ、冗談はさておき、今目の前には
これまで見えてこなかった事や新しい問題が山積みだ。

きっとこれからやっている工程はレゴで城を作るようなものだ。
レゴで城を作るには数千個から数万個のパーツが必要になる。
今年、一年で城が作れなくても、悪あがきして土台だけは
完成させよう。ハリボテの崩れるのを待つ城を築くのはごめんだ。

雑草の底力を発揮しよう!!


PS.とりあえず、車が空を飛ぶ頃までには表舞台に上がります(笑)


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| 自分 | 04:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分達
ここ数日で長年の付き合いの人達と再会を果たしています。
この業界を目指してからもう7年になります。
軽く小学校に入学してから卒業できる時間って考えると何だか
恐ろしいような(苦笑)十代のフレッシュ野菜な頃の自分と比べると
良くも悪くも変わったと思います。あの頃は馬鹿みたいに必死になっていた。逆に言うとそれだけでも通用した。でも、これからはもっと考えて
そして、全力でぶつかって行かなければいけない。より複雑な道になるかもしれないけれど、それにはそれなりの楽しみがあるのかななんて。

これまではすべてにおいて自分に持っている力のほとんどを
使えていなかった。それは自分のことを知らなかったからでも
あるし、自分に興味を持ってあげることができなかったからだと思う。
これからはもっと自分のいろいろな可能性にチャレンジしたい。
そして、今度は自分の気持ちに素直になり、自分をどこかしこに
置いてゆかないようにしたい。

やっぱり過去にやってきたことってまだ体に残っているなと最近感じる。
だから自分の過去とも向き合って、今の自分にできる最善を尽くして行きたいと思う。過去をすべて捨て去る必要はないのだし、そこから自分を知る上での計り知れないヒントを得ることだってできる。

優柔不断な自分。
一直線な自分。
夢を諦めかけた自分。
決意を固めた自分。

自分の人生の中には数多くの自分が存在している。
みんな違ってみんな良いなんて言うつもりはないけれど
それぞれの自分がそれぞれ少し違うものを見ていたと思う。
今から変えられない過去をとやかく言うつもりはないけれど
これからはより自分を良い方向に進めたい。

いろいろな人にお世話になってきたけれど
まだ、その恩を自信を持って返せるとは言えない。
早くそれを返せるようになりたい。

もう自分には戻るような道は残っていないけれど
それで良いのだと思う。このまま、燃料が尽きるまで行こう。

今は最後の給油を済ませているところで、コックピット入りはあとわずか・・・
大和魂全開でパワーアップした自分でアメリカに乗り込もう!!
最後の侍として(笑)


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| 自分 | 01:13 | comments(2) | trackbacks(0) |
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